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神戸地方裁判所 昭和30年(ワ)105号 判決

原告

大原サトノ

被告

垣本武男

主文

被告は原告に対して金五千円を支払はねばならぬ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分して各その一を原告並に被告の負担とする。

事実

(省略)

理由

原告並に被告がいずれも神戸市灘区大石東町所在の大石市場内に居住して菓子販売をしていること並に昭和二十九年十二月二日に被告が原告を足蹴りしたために被告の下腹部に治療一週間を要する打撲傷をこうむらせた事実は当事者間に争がなく成立に争のない甲第一号証並に原告本人の一部供述を綜合すると原告は被告の右暴行により下腹部打撲症の外に婦人科器官部より軽度の出血を見る傷害を受けた事実を認めることができる。そこで右暴行の原因について見るに少くとも原告が当日自己の店舖において訴外中野道子に向い被告夫婦の挙措を話題として「今日はくつついて話をしていない」と他に聞えよがしに語つたことが右暴行の発端となつたことは原告の自認するところであつて右事実と証人馬場考一、同西尾福雄同木村信次同垣本芳枝の各証言と原被告各本人の一部供述を綜合すると原告方並に被告方店舖は大石市場において四五尺位の狭い通路を隔てて相対し原告方は菓子屋であるのに対して被告方は菓子並に天麩羅等を販売し一部競業関係にあるため世の常として互に反目し合う関係ではあつたが特に原告は平素から中年婦人にあり勝な憎悪を露出して被告を嘲笑する傾きがあると共に又被告方の来客に対してわざと塵埃を掃きかけたり又は悪声を放つてその来店を妨害する等、の挑発妨害を繰り返しており当日前記中野道子に対する発言も被告夫婦の挙措睦ましきをとらえて嘲笑の種とする底の悪質のものであつたためにこれに憤激した被告は突嗟に原告に突つかゝり折柄天麩羅揚物の作業に従事するためにはいていたスポンヂ草履のまゝ原告の下腹部を一回蹴つたところ力余つて原告をその場に顛倒せしめよつて前記のような傷害をこうむらしめたことを認めることができ右に反する証人中野道子同浜詰くすのの証言部分並に原告本人の供述は信用し難く他に以上の認定を左右するに足る証拠はない。そこで右傷害の結果について見るに証人馬場考一同西尾福雄同木村信次の各証言並に被告本人訊問の結果綜合すると右傷害については原告は医師の診療を求めたが治療費としては金千内円外を費したに止まり約一週間程度の安静により略回復したが、その間被告は原告方に赴き謝罪の意を表し治療費を負担すべき旨を申出ていること、原告はその後二三日の休養期間を含み約十日間位休業しよつてその間一日五六千円程度の売上を得べき営業を妨げられその差益率二割に相当する金一万円程度の所得を失う有形的損害をこうむつたこと、他方平素反目する被告から傷害を加えられたことを好機とした原告は被告を告訴しその不起訴処分となるや検察審査会に審査申立をする等被告の暴力行為を極力糾弾追求する態度に出たために右事件は前記市場商人間に潜在する営業上の利害感情に絡まる問題として市場関係者の注目を集めるに至り関係者において種々斡旋に努めるところがあつたが結局原告は被告が金四万円程度の示談金を支払う外にその営業品目を制限することを要求して右事件を商略的に利用する態度に出たために示談不調となつたことを認定することができるのであつて以上の認定に反する証人大原新造の証言並に原告本人の供述は当裁判所の信用せぬところである。

して見ると被告は原告に対して右不法行為に起因する損害である限りはこれを賠償せねばならぬところ当三十七歳の男子である被告が当四十九歳の婦人の下腹部を足蹴りして軽度であつたとは云えその婦人科器官部から出血せしめる如きはその有形的損害の外にも婦人にとつての一種の侮辱的な傷害として多少の精神的苦痛を生ぜしめるものであることはこれを否定することはできぬけれども反面において右の不法行為は原告が故なく他人間の夫婦仲を指摘して嘲笑の種とするような挑発をなしたことに起因していることが前認定のとおりである以上はその責任の一半は原告自身にも帰せられるのであつて右事実は本件慰藉料額を判定する上に斟酌されねばならぬ。よつて以上の諸点を彼此参酌し且前段認定にかゝる本件不法行為の全経過、原被告双方の業態並に収入程度等本件に現れた一切の事情を綜合して被告は原告に対して本件不法行為に起因する精神的苦痛を慰藉するために金五千円を支払うべき義務があるものとする。さすれば被告に対して金二十万円の慰藉料の支払を求める原告の請求は右の限度においては正当としてこれを認容しそのこれを超える部分は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河野春吉)

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